映画「月曜日のユカ」と横浜

オルタナティブな映画と本とストーリー
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1964年製作の古い日本映画。

なのに映像、ファッション、音楽が洗練されスタイリッシュで、今見ても新しい。

日本的なジメッとした感じがなく、あっけらかんと乾いたトーンなのがむしろ今っぽく、アメリカ人がたむろしていた時代の横浜という舞台背景にも合ってる。

 

加賀まりこ演じるユカちゃんが勤めていたバーは、多分横浜本牧あたり。

実は、映画のロケ地となったあたりに自宅があるので、昔の横浜を見たくて観ることにしたの。

50年以上前の映画だけど、撮影された場所はあまり変わってなかったので、ユカちゃんが男たちの前で服を脱いだ場所など、舞台となった横浜の「今」の写真も見せるわ!

 

ユカちゃんは「誰とでも寝るけどキスはさせない女」と噂されながら、飄々と生きている。

なぜユカちゃんがキスだけはさせないのか?

本稿では映画では明らかになってない、私の独断的解釈も試みるね。

 

 

 

「月曜日のユカ」予告編はこちら↓

月曜日のユカ
横浜の外国人客が多い上流ナイトクラブでは、今日もユカ(加賀まりこ)と呼ばれる十八歳の女の子が人気を集めていた。さまざまな伝説を身のまわりに撒きちらす女、平気で男と寝るが、決してKISSはしない。そんな男たちの中でもユカがパパと呼んでいる初老の船荷会社の社長(加藤武)は特別。ユカはパパを幸福にしてあげたいという気持...

 

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

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ユカは横浜だからこそ生まれたキャラクター

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

 

冒頭で、ユカちゃんは自分のことを「あいのこ」と呼ぶ。

 

ユカちゃんは、外国人相手の娼婦と、外国人の間に生まれた。

 

ユカちゃんの母が商売していた頃、1人の外国人客だけを相手とする娼婦は「オンリーさん」と呼ばれていたと聞く。

 

映画は外国人訪問者向けに、英語、中国語、スペイン語の3ヶ国語で横浜が、紹介されるところから始まる。

 

外国人が横浜港に到着してそこに群がって商売する人たちという構図が、最初のシーンにパノラマのように展開されている。

 

 このシーンで外国人達が船から降りてくるところで、ユカちゃんの恋人たちがみんなそこに集まって外国人に物を売ろうとしている。

 

外国文化との混合が、街の個性で歴史でもある港町横浜、そこに咲いた花のようなユカちゃんという少女というわけね。

 

 

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社会から排除された2人の女

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

そんな港町横浜でユカちゃんと母親(北林谷栄)が、今も実在する有名なホテル「グランドホテル」に行った時、ホテルにいた客たちから刺すような視線をあびる。

 

そう、ユカちゃんと母親は社会から蔑まれ、排除された存在なのだ。

 

ユカちゃんの母親は今では客を取っていないようだが代わりに、ユカちゃんがパパさん(加藤武)という客をからお金を貰ってそのお金で生活している。

つまりユカちゃんの母親は娘のパドロンの資金に頼って暮らしている。

 

「月曜日のユカ」という名前は、ユカちゃんが月曜日に、パトロンのパパさんと会うかららしい。

 

 

 

ストーリー

横浜にあるバーの人気者ユカは「誰とでも寝るがキスはさせない女」と噂されている。

ユカには「パパ」と呼ぶ船会社の社長のパトロンがいて、若い恋人修もいる。

 

ある日ユカは元町商店街で「パパ」が、奥さんと娘と買い物しているの見てしまう。

 

自分といる時以上に幸せそうな「パパ」を見て、ユカは自分をパパの娘と見立て、自分の実の母と「パパ」と一緒に元町に買い物に行く計画を立てる。

 

一方「パパ」は、大型契約を取り付けるため、アメリカ人の船長を接待していた。船長はバーで見たユカを気に入り、ユカと寝られるなら、契約にサインすると言う。

 

「パパ」がその話をしにユカの家に行くと、修が2人の話を聞いてしまう。

 

 

 

ユカちゃんは一つの愛に固執しない。

ユカちゃんは修とパパに限らず、フランクというあだ名の旅行業者、フランクにあてがわれた全く知らない男など、いろんな男にも身体を許したりで喜ばせようと懸命になる。

コレを書く前にオンデマンド配信のレビューを多数読んだところ、ユカちゃんを「バカな女」「セフレの女」とする意見が複数あったけど、私は、ユカちゃんはバカでも、男の言いなりになる女でもないと思う。

 

ユカちゃんの母親は、ユカちゃんにどんな男も喜ばせるのが女の生きがいなのだと語る。

 

ユカちゃんは母親の教えに従って、怒らせた修の家に出向いて、花びらを撒いて修の機嫌をとったりまでしていた。

 

ユカちゃんは、母親が長年ユカちゃんに教え込んできた人生哲学に忠実に生きてきた。

 

娘も母と二人の共同身体でパパと愛し愛され利用し利用されで、そこから受け取れるものは遠慮なく享受し、それをユカちゃんが母親に分け与える。

 

この二人は一般的な社会的な掟にも縛られず、自分たちの立場でいかに生きるかという術を心得てその通りに生きている。

 

誰もがこんな風にはいくまいと思う。

 

現実の女はそんな立場ではきっと搾取されてしまう。

 

「ユカちゃんは可愛くてバカなだけの女」というレビューを多く見たけれど、バカなのか利口なのかは、この映画を見ただけではわからない。

 

ただパトロン男性たちに経済的に頼るなら、そういう世界を泳いで搾取されないように身を守る能力がある女だけが、生き延びることができる。

 

この映画を見る限り、ユカちゃんはうまくその世界を渡っているので私には、どんな社会環境にも柔軟に対応できる利口な人に思えるわ。

 

 

舞台になった場所の今:丘の上の家・脱衣シーンのロケ地

横浜の丘の上の米軍住宅

横浜の丘の上の米軍住宅

 

主人公・ユカちゃんの家は丘の上にあって夜景が見渡せる、洋風な家。

私の住む横浜は、米軍住宅があった本牧や根岸の丘に近い。

多分ユカちゃんは、丘の上へ上がったところ辺りの、元米軍住宅に住んでいる。

この丘の上に今も、「メイフラワー通り」と言う通りがある。

丘の上一帯は米軍が数年前まで居住していた場所なので、呼びやすい通り名をつけたらしい。

その通りの名や周辺に英語看板が今も多数ある。

 

数年前まで実際に米軍が住んでいて、ユカちゃんの家に似た家が、米軍住宅として使用されていた広大なエリアは横浜市との契約が終了し、数年前にアメリカ軍の関係者たちはいなくなった。

けれどそこは今も、広大な整備された芝生地に住宅が点在し家も今でもそのまま廃墟となってその辺り一帯に残っている。

今は誰も住んでいない横浜の米軍住宅

今は誰も住んでいない横浜の米軍住宅

 

まだ人が住んでいでいた夏、網戸をつけた裏口から日本ではあまり見ないような大きなオーブンとかキッチンが見え、人の声(もちろん英語)が聞こえ、我が家のような丘のふもとの家と比べると、敷地が一軒につき、3倍ぐらいある感じだった。

 

米軍が、戦後すぐからつい最近までいたのは元外国人居住地としてイギリス人やオランダ人が住んでいたのと同じ丘の上だ。

ただし山手地区にある100年以上前の元外国人居住地よりは南西の、根岸に近い丘の上だ。

 

ユカのロケ地

ユカが男たちの前で服を脱いだ八聖殿(本牧)は横浜歴史資料館として公開中。

シーンロケ地本牧

八聖殿の外観は今もあまり変わっていないと思われる。

 

今の横浜港

映画の当時は何もなかったみなとみらい地区が埋め立てられ、様変わりした今の横浜港

 

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パパさんと修との関係

 

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

パパさんはじめユカちゃんはどんな男も喜ばせようとする。

男性を愛することで相手を幸せにすることが生きがいなのだと。

 

恋人の修(誰だかさっぱりわからなかったけど、中尾彬が演じている)はユカちゃんとパパの関係を知っていて最初は受け入れているようなのだが、ユカちゃんがいろんな男と寝ることにだんだん耐えられなくなる。

 

結局受け入れられずユカちゃんにプロポーズして「結婚したらもう他の男とは寝ないよな」と聞くと、ユカちゃんは心ここにあらずと言う表情でうなづく。

 

そこにパトロンの「パパ」がやってきてユカちゃんに自分の事業のために、得意先のアメリカ人船長と寝てくれと頼む。

 

ユカちゃんはパパに、修が結婚資金として必要と言っていた、10万円の額を見返りに求める。

 

盗み聞きし、ショックを受けた修はユカちゃんに「承諾したのか」と迫るが、ユカちゃんは曖昧に答えず修は盗み聞きした時ユカちゃんが承諾したの聞いていたのか、怒って飛び出してしまう。 

 

 

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「月曜日のユカ」

監督:中平 康

原作:安川 実 

脚本:斎藤 耕一 倉本 聡

企画:水の江滝子  

製作:1964年

主要キャスト:加賀まりこ、加藤武、中尾彬、北林谷栄、梅野泰靖、波多野憲、日野道夫、ウイリアム・バッソン、ハロルド・S・コンウエイ

配給:日活

その他:上映時間94分。モノクロ

 

 

ユカちゃんはパトロンのパパからは生活費もお小遣いももらっていることが、最初の方のシーンでわかるが、「あんたとは綺麗な関係でいたいのよ」とそれをホテルで寝ない理由にしている修からはもらっていないだろう。

 

ユカちゃんは、修と寝るのはホテルではなく赤い灯台と決めていた。 

 

修に「なんで俺と関係を持つのは赤灯台なのか」と聞かれて「ホテルで寝ていない相手(修)とは綺麗な関係」なんだと言うユカちゃん。

ホテルが汚く赤い灯台は綺麗なのだと言っているので、誰でも喜ばしたいと言いながら、パパさんと修との関係は違うものだという意識がユカちゃんにもあるんだろう。

修のように多分お金をもらっていない相手に、ユカちゃんはきっといつか心を開くことがあるかもしれない希望があったのだと思う。 

 

修とパパの死

ユカが修と会っていた赤灯台は今もある

ユカが修と会っていた赤灯台は今もある

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

映画の後半でユカちゃんは修が事故で死んで、涙を流すのだが、パパがおぼれ死んでいく様を見ているときは涙も流さず助けようともせず、その帰り道も軽快な足取りで帰宅する。

 

愛したい幸せにしたいという夢の対象であるパパさんを救うのでもなくパパさんが溺死して水に沈んでいくのも無表情で眺めていたユカちゃん。 

 

このシーン、パパが海に落ちたのが事故でなくユカちゃんが故意に海に突き飛ばしたかというレビューがあるけど、私はそうは思わない。

 

でもとにかくユカちゃんはパパさんが溺れた時に助けもせず、平然と見捨ててその場を去った。

 

そもそもユカちゃんが男にキスさせないのはなぜなのか。 

 

私はユカちゃんが、男性を喜ばすことが女の生きがいとおまじないのように言う母親のセリフを仕事のように実行しているだけで、本当は男を好きでないか、男に心を許し親しくなるのが怖いのではないかと思う。

 

ユカちゃんは母が外国人の客とからんでいる現場を子供の時に目撃する。その回想は幸福なものではないようだ。

 

私の家庭も父母の関係は思い出すと幸福になるような、そんなものではなかった。だから男性や人間一般に心を許すことに今でも恐怖感があり、そう言う心理はわかるのだ。

 

私はユカちゃんが敬虔なカトリックである理由も、その心の穴を埋めるためもあるのではと思う。

 

きっとユカちゃんにとっては特定の男とだけ関係を持つのも、キスすることも、心を許すこと。

 

ユカちゃんは、男性に身体を開いても心は開かない。

だから死んだ修に「キスしてやれ」と修の友人から言われてかろうじてキスしても、本当にはユカちゃんは誰にも心を許すことはなかったのではないか。

 

パパさんは自分の仕事のために「愛している」と言っている女=ユカの身体を、客である船長に平然と差し出した。パパさんにとって、ユカちゃんはただの都合のいい女だったとわかったけど、それが直接的な原因でパパさんを見捨てたと言うより、もともとパパさんには身体を許していたけだけで心を許してはいなかった。

 

だから修が死んで悲しくはあったが、残ったパパさんが溺れそうになってもただポカンと眺めて足取り軽く帰宅した。

 

なのでユカちゃんはパパや修を幸せにしたいと思ってそれが自分の生きがいだったとしても、彼らの死に悲嘆に暮れることもないと思う。

 

私は、きっと彼らの死後ユカちゃんは、ずっと誰とも結婚せず一生1人でいるんじゃないかと勝手に予想しているわ。

そしてユカちゃんはパパさんと修の死後、男たちに執着しないぶん、男からは自由だけど、「男を幸せにしろ」を連呼しユカちゃんに経済的に頼る母親から自由になる道を探しているような気がする。

 

 

「月曜日のユカ」はヌーヴェルヴァーグに影響を与えた?

 

画像引用元:日活:https://www.nikkatsu.com/movie/20786.html

 

私は、 ヌーヴェルヴァーグ「に」影響を与えた監督と書いてあって、あれ? ヌーヴェルヴァーグ「から」影響受けた監督じゃないの?と思った。

 

複数の資料を読むと、ヌーヴェルヴァーグとほぼ同時代らしいのでどっちがどっちかは不明だが、 確かにどこか似ている。

 

ヌーヴェルヴァーグと言えば映画芸術にこだわる、理屈っぽい、という印象だけど、フランス映画なので、実は出てくる女性は基本、おしゃれで、コミカルで奔放で、刹那的なのよ。

 

ファッションでいえば特にゴダールの映画なんて50年近く前から、繰り返しなんどもファッション雑誌で真似されるほどに今見ても、ファッション、メイク、画像すべてが伝説的アイコンになるまでに洗練されている。登場人物の行動は一見すると軽めだし、その場限りでコミカルでもある。

 

この映画も中盤の、タクシーの車が壊れて動かなくなって相撲力士が通りがかった時助けてくれるシーンとかはコメディぽいし、ユカちゃんは無邪気なのに奔放だわ。

 

この映画はオールロケ(室内以外)のせいもあり、私のようにそこに住む人が見てもリアリティがあるし、いかにも横浜らしい背景や職業の人物たちが登場する。

 

ヌーヴェルヴァーグの映画作家たちは、作り込まれたセット撮影でなくリアルな街に飛び出して撮影した。

ゴダールの「勝手に仕上がれ」などでは、フランスのキラキラした陽光が、主人公の若者たちの刹那的な生き方を輝かせている。この映画も横浜という街が主役のような映画で、街がイキイキと撮影されている。

 

 

 

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舞台になった場所の今;丘の下の橋から港へ、そして赤灯台

 

ユカと母の乗ったタクシーが故障した三吉橋

ユカと母の乗ったタクシーが故障した三吉橋

ユカちゃんが母親を迎えに行くシーンで、丘を下って橋を渡るのだけど、その橋は、ユカちゃんの家のある丘のま下にある。(写真上)

 

中華街の方に流れる中村川のそばには昔は広大な赤線地帯もあって、1958年まで、最大で1800人もの娼婦がいたと聞く。

その一部にこのユカちゃんの母親のような、「オンリーさん」と呼ばれた外国人相手の高級娼婦もいたと聞く。*

 

 

ユカの母のシーンのロケ地そばの遊郭跡地に残る「遊郭」の碑

ユカの母のシーンのロケ地そばの遊郭跡地に残る「遊郭」の碑

 

ユカちゃんの母親が住んでいる丘の下の真金町あたり、映画で描かれた三吉橋の向こうは、そのオンリーたちさんが実際に居住していたとされる。

オンリーさんと呼ばれた外国人相手や日本人相手の娼婦がいたあたりは今でも、普通のマンションが立ち並ぶすぐ隣に、かなり多くのラブホテルがその名残として目に見える形で残っている。

また寿町という、帰る家がない人たちが寝泊まりする安宿の多いエリアはすぐそばだ。

 

冒頭から出てくる修とユカちゃんのデート場所、「赤い灯台」は横浜港北水堤というのが正しい名前で、1896年以来今も現役で使用される、東京湾でもっとも古い灯台らしい。でも調べたところ灯台周辺は、一般人は立ち入り禁止となっていて、遊覧船などで見るしかなさそうだ。

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本牧に近い新山下モンベルからの横浜港

本牧に近い新山下モンベルからの横浜港

 

 

*ユカちゃんのような、米兵と日本人娼婦の間に生まれた子供にあたる人を祖母に持つ人男性に取材した、当時の記録を辿る記事が興味深い。

米兵と出会った祖母のこと。大阪、横須賀、語られなかった強さと生き様の歴史

 


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冒頭画像引用元:disc union:: https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1007647399

 

参考文献

はまれぽ:https://hamarepo.com/story.php?page_no=2&story_id=7002

 

Hi Hi :http://blog.livedoor.jp/tomtoms2004/archives/51187571.html

 

 

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